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大久保紗也『They』
会期:2020年6月3日(水)- 28日(日)

*オープニングレセプションは開催致しません。

営業日:水〜土 12:00〜19:00 / 日 12:00〜17:00
・定休日:月・火・祝日

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展覧会風景 撮影:Shintaro Yamanaka (Qsyum!)

大久保紗也の当ギャラリーでは2年ぶり2回目の個展『They』を開催いたします。自身の制作を、「平面空間におけるモノや人の存在、実存について探る行為」と語る大久保は、輪郭線として表現される記号的なイメージと、物質感を伴うフェノメラルな像のうねりという、2つの分離した要素を共存させた絵画を制作しています。輪郭線で表現されるモチーフは、人体の様々なパーツや人間が日常的に行っている多様なポーズで、大久保が日々描いているドローイングがもとになっています。本展では、複数の人のパーツやポーズを組み合わせて描いた新シリーズ『They』を、波形のプラスチックシート(トタン板)を支持体にして制作した大型の絵画を中心に、約15点の新作絵画を発表いたします。

作家・大久保紗也について
1992年福岡県生まれ、2017年に京都造形芸術大学大学院・芸術専攻ペインティング領域を修了。現在は京都を拠点に活動中。近年の展覧会として、2019年グループ展『大鬼の住む島』(WAITIINGROOM、東京)、2018年個展『a doubtful reply』(WAITINGROOM、東京)、2017年グループ展『美大生展2017』(SEZON ART GALLERY、東京)、2016年グループ展『movement 2016 - 1st movement -』(ARTZONE、京都)、2015年『HERE I AM KUAD x TUNA交流展』(Na pai Art Gallery、台北・台湾)などが挙げられます。まだ展示歴の少ない92年生まれの新生でありながら、2017年秋に参加した公募グループ展『第4回CAF賞入賞作品展』(代官山ヒルサイドフォーラム、東京)では白石正美賞を受賞し、その作品が大きく注目されました。

アーティスト・ステートメント
「theytheythey
その中からひとりを見分けることができる?
theytheythey
 どこまでがわたしでどこからがあなたなのか
theytheythey
これはわたしの意思なのか、他者からの指示なのか
theytheythey
重なる輪郭 連なる行動
theytheythey
わたしの輪郭は広がり変容する

新シリーズは、英語圏での単数形「they」の使用増加などからみる、人々のイメージや感覚における自らと他者の境をテーマした作品群です。波板のプラスチックシート(トタン板)を支持体に使用し、常に揺れ動き振動している様な不安定な画面内で複数の人々が重なり合うモチーフを描いています。また、啓示の意で古くから絵画に登場する「指を差す」行為をモチーフにした作品を合わせて展示し、物言わぬ指示にゆるく誘導されていく様な展示空間を作り出します。」
大久保紗也

本展では、大久保が以前から構想を温めていたトタン板という新しい支持体への作品の展開、そして円型のキャンバスパネルへの展開など、新たなチャレンジが詰まった内容となっております。今までの作品を継承しながら展開される新シリーズ・新展開に、是非共ご期待ください。

Photo by Shintaro Yamanaka (Qsyum!)
Edited by Peaky Studio

展示作品

 
 

『They』2020年, プラスチックトタンに油彩とアクリル, 1820 × 1500 mm

近年欧米、主にアメリカにおいて”they”は一人称として使われ、2017年にはAP通信の表記ルールをまとめたスタイルブックに三人称単数での使用が記載されている。例えばLGBTの人々を言い表す際に「SheでもHeでもないnonbinaryな性別」という意味でこの人称の使用がスタンダードとなりつつあるが、これは欧米の、そしてLGBTの表現に限ったことではなく、アジア人・日本人の私たちも自分の人称というものが揺らいできているタイミング(時代)だと個人的に思っている。”they (みんな、我々、大衆)”の中に含まれる人々は、その言葉を発した者によって意味が変わっていく。それを主語とする危うさがあると思う。(世界を覆ったウイルスの影響でその危うい全体性というのは、今後より一層強まっていくだろう。)これが、タイトルを”they”とつけたきっかけの一つで、モチーフとなっている複数の人物の身体やその一部、輪郭の重なりが組み合わさって一つの人らしき形を作るシリーズとなっている。

このシリーズを作るきっかけとなったことは、これはとてもプライベートな出来事だが、身近な人が精神を患い、長い療養の中で見知らぬ人格が入れ替わり立ち替わり現れ、行動するのを見ていて、その人格がどこからきているのか、何をもってして自分自身の意思で行動していると言えるのかという疑問が生まれた。それは何も精神疾患だからという話に限ったことではなく、自分自身の行動というものも、他者からの影響や人々の行動の連鎖の先にあるだけではないのかと考えるようになった。今まで何かの行為をしている人物をモチーフにしてきたが、その行為の主体はどこにあるのかということが全体的な構想にもなった。

トタンを使った作品は以前2016年に小さなサイズで一度制作したことがあったが、Theyのシリーズで作るのは初めて。鑑賞者の動きによって輪郭線が歪み変容するこのトタンの2作品は異質で、特別な空間を作っている。今回の展示ではキーとなる作品。見る人の身体の動きに合わせて線が動くように作用する支持体を探していて、ホームセンターでこのトタンを見つけた。波形の立体的な表面に、絵画の平面的な輪郭線がのり、正面から視点を外すと線はたちまち歪んでしまう。近づいて輪郭線の際を見ると、絵の具の面が反り上がり新たな面ができている。今までの描き方と手法は同じだが、そういった部分がより立体的に見せているところが面白い。ラインの部分だけ、浮き上がったり沈んだりしているように見えるというこの作用がtheyのシリーズに合っていたと思う。支持体が波形になっているだけで存在感や見え方も変わってくる。像が定着せずゆらゆらとうごめいている作品。

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pointingシリーズ

Pointingというシリーズは、指をさしている行為、何かしらの言葉もないけれども何かを強く示している・指示している状態を描いている。「指差し」は、絵画史の中で多くは啓示の意味で使われる図像だが、今回の展示空間では作品を見る際の誘導線としての役割を持っている。pointingシリーズのそれぞれの作品は、入口から始まる展示の順路を画面の中の指が指し示すような配置となっている。しかしこれは本来ただの道しるべの看板ではなく、各作品にはモチーフになった人物が居、指し示すシーンもそれぞれ異なっている。展示する場所によって、作品の意味や機能が変わっているに過ぎない。

つまり、一つ一つの作品にモチーフや意味はあるけれども、この展示空間ではサイン・道しるべとしても機能している。作品が別の場所に移動すると差し示すものがなくなったり、変わったりする。何を言おうとしているのかは具体的には分からない、だがしかし指差す方向を見ずにはいられない。指し示すという行為、そしてそれを絵にした時に立ち上がる記号性を提示したシリーズ。

 

『pointing finger (repeat)』2020年, キャンバスパネルに油彩とアクリル, 直径 500 mm

それぞれ別の人物、別々のシーンから、どこかを、何かを指している指を抜き取ってモチーフとしたもの。本来は全く異なる先を指しているが、ペインティングの中では同じ画面上で同じ方向を指差している。この絵がかかる場所によって、その指差しの意味合いは変わってくるだろう。展示の中では来る人を出迎える最初の「誘導」となっている。

円形のパネルは上下左右が決まっていないため、この作品は壁にかける方向で指差す方向も変わる、標識のようなイメージ。回しながら描いた。

 

『Flag girl』2020年, キャンバスパネルに油彩とアクリル, 1455 × 970 mm

この作品はデモに参加している女性が写った報道写真をドローイングしたものが元となっていて、その女性はカメラマンに対してどこかを指差し、何かを強く訴えているような様子だった。その旗に何かメッセージがかいてあったのか、それとも国旗だったのか、私は覚えていない。

 

『bending body』2020年, キャンバスパネルに油彩とアクリル, 455 × 380 mm

不自然に体を歪める人物。ヨガをしている人物を描いたものだったが、ドローイングの中で腕や足の輪郭線が重なり異様な様相となった。今回の展示作品には、少し異様さや不穏さを持たせたものにしたかった。

 

『maybe there』2020年, キャンバスパネルに油彩とアクリル, 直径 800 mm

指を差すその動作を連続してドローイングしたもの。戸惑いがちに出された指は、しかししっかりと行き先を示している。展示の中では、バックヤードの作品へと見る人を誘導する機能も持っている。

円形のパネルは上下左右が決まっていないため、この作品は壁にかける方向で指差す方向も変わる、標識のようなイメージ。回しながら描いた。

 

『sitting with stick』2020年, キャンバスパネルに油彩とアクリル, 803 × 652 mm

この作品を見た人は、この棒が何であるのかを気にするだろうか。この棒が一体何か、この人物が何者かということは重要ではなく、この棒を持って何をしようとしているのか、何をしたのかが問題だと思っている。

 

『Climbing (pointing)』2020年, キャンバスパネルに油彩とアクリル, 1167 × 910 mm

よじ登る彼か彼女か。不安定な姿勢でこちらも見ずにどこかを指差す。素早く動いた左腕の動きは二つに分かれ、画面の中で重なっている。展示の中では「Demonic」を指し示す位置にかかっており、不吉な暗示めいて見えるかもしれない。

 

『Demonic』2020年, キャンバスパネルに油彩とアクリル, 530 × 455 mm

この作品の元となったドローイングは何を描いたものなのか思い出せない。猿なのか人なのか何なのかよくわからないモチーフが描いてあり、率直にはじめそれが悪魔のように見えたのでこのタイトルをつけた。しゃがんでいるイメージと口を押さえているイメージが重なって描かれている。今回の展示が全体的に暗いイメージだったので、悪魔が一匹くらい居てもいいなというのと、自分の中でもよく分からなくなってしまっているような曖昧なものを今回は含めたいと考えていた。設営当初、この作品を順路最後にもってくる予定だった。

 

『The child pointing』2020年, キャンバスパネルに油彩とアクリル, 910 × 727 mm

黒の線で描かれている円のイメージは宗教画のイコンのイメージ。ドローイングの元となった写真は宗教的なものとは全く違い、親子でもなんでもないハリウッド俳優が子役を抱えている写真。その行為だけ抜き取ると、一見宗教画のようで、キリストのようにも見える。ドローイングの時点で丸が描かれていて、その時点でおそらく宗教画のイメージがあり、そう誤解させるような絵にした。指差しているものも本来啓示的な意味はなくて、見る人によってキリストにも見えるし、ほのぼのとした親子の風景にも見える。

 

『Friendship』2020年, キャンバスパネルに油彩とアクリル, 530 × 455 mm

男2人が抱き合っているようにも見えるし、胸ぐらをつかんで殴り合っているようにも見えて、下の部分には握手している手が描かれている。最初、自分のドローイングを見たときに抱き合っているものかなと思ったけれども、その直近のドローイングを見ていて違うなと。これは試合を見ていて描いたもので、殴り合ってるものだった。タイトルから見ると仲良い二人だと勘違いすると思う。そういういい加減さのような、一場面だけで勘違いするということ。

 

『pointing (repeat)』2020年, キャンバスパネルに油彩とアクリル, 803 × 652 mm

上を指差す動作を連続してドローイングしたものがモチーフとなっている。時間の経過が画面上で重なり前後がなくなる、絵画の中でモチーフ本来の意味や時系列がなくなることが最近の関心の一つとしてある。展示空間の中では「They」を指し示し、展示全体を繰り返す(repeatする)支点として設置されている。

 
 

『pointing finger (mirror)』2020年, キャンバスパネルに油彩とアクリル, 455 × 530 mm

一昨年自分が交通事故にあい右鎖骨を骨折、治療の間右手が若干不自由になった時期があり、そのときに描いたドローイングが元になっている作品。左右の手でペンを握り、鏡合わせに同時に手のモチーフを描いた。下の手は気に入らなくて消したものもそのままに描いた。骨折をしていて通常ではない、やや扱いづらい身体となってから、自分の体の癖や重心の移し方などを強く意識するようになった。そのとき左右の手で鏡合わせにドローイングをするというのをしばらくやっていた時期があり、手を使って手を描く不自由さが面白くてたくさん描いていた。いつもとは違う自分の身体感覚を意識した作品。

展示の最後がこの作品で終わることについては、最初はこの壁には何も展示しないはずで、Pointing (repeat)で誘導が展示内に戻るようにと計画していたけれども、最後に自分自身を指して終わるという意味も込めてここに展示しました。

余談
個展の前のアートフェア東京のために制作した作品『I was hit by a yellow car.』は、実際に自分が黄色い車に轢かれた経験から描いたもの。轢かれた際に頭を強く打ったため事故にあった瞬間の記憶はないけれど、最近になって夢でその場面を見るようになり、とても生々しい身体感覚を伴う夢だけれども、これは事故に遭った時の記憶なのか、自分の作り出した夢なのかどちらか分からない。そういう夢の感覚を思い起こしながら描いたドローイングを結局よく分からなくてグチャグチャと消してしまったものが元となっている。自分の直接的な体験を通常モチーフにしたりはしない。制作には、モチーフを客観的に捉える距離が必要で、ないと冷静に判断できないというか。ある行為、シーンをドローイングして、溜まったものから自分のそのときのテーマに合ったものを選んでキャンバスに描いていく。だから『I was hit by a yellow car.』はとても珍しい作品だ。タイトルに“I”がつく作品も、私自身を表す意味で“I”を使ったタイトルはこの作品が初めて。最近は事故の夢を見なくなり、あれは一時的な感覚だったのだなと思う。警察署で事故の車を見た際、大きくヒビ割れたフロントガラスを指さされ、あと数センチずれてたら頭を打って死んでたよと言われ、人は本当に突然、前触れも何もなく死ぬんだなと思った。

 

『This way, sir.』2020年, キャンバスパネルに油彩とアクリル, 455 × 380 mm

まさに誘導、案内をしているように見えるが、それぞれ全然違う3人の手でそれぞれ別のシーン。招く行為だけを抽出している。そこに描かれているものの意味やシーンは見る人が決め、本当は何が描いてあるのかは作家のみが分かっている、ものの持つ意味合いは時間や場所で変化するのだから、それで良いのではないかと思う。

 

『at a loss for words』2020年, キャンバスパネルに油彩とアクリル, 803 × 652 mm

頭を抱え、座り込む人物。タイトルのつけ方には、モチーフの行動を表す簡素な文と、モチーフの容態を表す文と、大きく分けて2つある。特定のシーンを強く示したい時に後者の方法を選んでいる。この作品のシーンは偶然にも、此度の事態に沿うようなものとなってしまった。

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作家略歴

1992年 福岡生まれ
現在京都を拠点に活動中

学歴

2017 京都造形芸術大学大学院芸術専攻ペインティング領域 修了
2015 京都造形芸術大学美術工芸学科油画コース 卒業

個展

2018
a doubtful reply – WAITINGROOM(東京)

グループ展

2019
大鬼の住む島 – WAITINGROOM(東京)

2017
NEWSPACE – WAITINGROOM(東京)
第4回CAF賞入賞作品展 – 代官山ヒルサイドフォーラム(東京)
美大生展2017 - SEZON ART GALLERY(東京)
京都造形芸術大学大学院 修了展 - Galerie Aube(京都)

2016
movement 2016 {1st movement} - ARTZONE(京都)
SPERT 2016 - Galerie Aube(京都)

2015
HERE I AM KUAD × TUNA交流展 - Na pai Art Gallery(台北・台湾)
HOP2015 - Galerie Aube(京都)
京都造形芸術大学 卒業展 - 京都造形芸術大学(京都)

アワード

2017年 第4回CAF賞 白石正美賞

2018年個展『a doubtful reply』会場風景(WAITINGROOM、東京)

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[企画概要]
展覧会タイトル:大久保紗也『They』
会期:2020年6月3日(水)〜 28日(日)
オープニングレセプションは開催致しません。
営業日:水〜土 12:00〜19:00 / 日 12:00〜17:00
定休日:月・火・祝日
会場:WAITINGROOM(東京)
住所:〒112-0005 東京都文京区水道2-14-2長島ビル1F
TEL:03-6304-1877
お問い合わせ:info@waitingroom.jp(担当:芦川)

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