WAITINGROOM(東京)では、2025年7月12日(土)から8月10日(日)まで、当ギャラリーでは約3年ぶりとなる大久保紗也の個展『その蛇は / Is that snake』を開催いたします。本展は、7月11日(金)から10月2日(木)まで東京オペラシティ アートギャラリーにて開催される個展『project N 99 大久保紗也』にあわせて企画されたものです。両展を通じて、鎌倉時代中期に刊行された説話集「古今著聞集」に登場するモチーフに着想を得た新作・新シリーズを発表いたします。人から人へと語り継がれる過程で意味やナラティブが変容していく説話と、平面上で創造と崩壊を繰り返す大久保作品特有の揺らぐモチーフ。この両者がどのようにギャラリー空間で交差し新たな展開を生み出すのか、ぜひご高覧ください。
Is that snake, 2025, acrylic and oil on canvas panel, 1455 × 1120 × d145 mm
作家・大久保紗也について
1992年福岡県生まれ。2017年に京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)大学院・芸術専攻・ペインティング領域を修了。現在東京を拠点に活動中。自身の制作を、「平面という浅い空間でのイメージの認識と齟齬を探る行為」と語る大久保は、モチーフの輪郭を素早い線で描き意図的に抽象化することで、背後につながる物語からモチーフを引き剥がします。こうして生まれる曖昧なイメージは、観る者の記憶や感覚と交錯しながら、新たな風景や物語の解釈の余地を立ち上げます。近年の展覧会に、2025年個展『project N 99 大久保紗也』(東京オペラシティ アートギャラリー、東京)、グループ展『To Sway and Surround : Japanese Female Abstraction』(Each Modern、台北、台湾)、2024年個展『物語るレプリカ/Replicas that tell a story』(京都 蔦屋書店 6F ギャラリー、京都)、個展『Leimotiv』(三越コンテンポラリーギャラリー、東京)、グループ展『collection #08』(rin art association、群馬)、グループ展『RE:FACTORY_2』(WALL_alternative、東京)、2023年グループ展『TAKEUCHI COLLECTION「心のレンズ」』(WHAT MUSEUM 2F、東京)、2022年個展『Box of moonlight』(WAITINGROOM、東京)、個展『The mirror crack’d from side to side』(六本木ヒルズA/Dギャラリー、東京)、個展『We are defenseless. / We are aggressive. (無防備なわたしたち/攻撃的なわたしたち)』(三越コンテンポラリーギャラリー、東京)、2020年個展『They』(WAITINGROOM、東京)などが挙げられます。『第4回CAF賞入賞作品展』(2017年、代官山ヒルサイドフォーラム、東京)では白石正美賞を受賞。
アーティスト・ステートメント
”その時、この堂建立の年紀を数ふれば、六十余年になりにけり。その間、かく打ち付けられながら生きてありける命長さ、恐しきことなり。その蛇のありける下の裏板は、油磨きなどしたるやうにて、きらめきたりけり。”
鎌倉中期に書かれた説話集「古今著聞集」の中に、釘付けにされた蛇の話がある。御堂の屋根を葺き替えようと引き剥がした板の下から、釘で打ち付けられた蛇が見つかった。その蛇は釘に体を貫かれたまま、およそ六十年余り屋根の中で生きていたのだという。この不思議な蛇の話は、書かれるごとに姿を変えて今に続いている。蛇はまず百足になり、そして守宮になり、蜥蜴になり、一匹であったのが番の二匹となり、現代では宮本輝のエッセイにもその一端を見ることができる。「釘付けにされ、尚も生き続けている」という強烈なイメージは、現代まで共通して語られている。ただそこに驚異的な生命力を見るのか、他者からの慈愛を見るのかは、釘付けにされる生き物によって変化していく。
あるモチーフを描くということは、ひとつのイメージを画面に釘付けにするような行為だと感じることがある。一方向の強い力で画面に定着させられる線や色彩、それによって決定される図像に、釘付けられた蛇を重ねて見ている。隠された絵の不確かなイメージは繰り返し釘付けされても尚、像を結ぶのだろうか。
その蛇は 釘付けにされた/その蛇は 描かれた
その蛇は 大工に/その蛇は 私に
その蛇は 屋根板に/その蛇は 画布に
その蛇は 生きていた/その蛇は 生きている?
大久保紗也(2025年6月)
釘付けられた蛇 / ほどかれていくモチーフ
大久保紗也は、マスキングテープを用いそれを最後に引き剥がすことで、フラットに塗られた表面と、その上に散りばめられたスピード感ある油彩の筆触の下から、抽象化された輪郭線を浮かび上がらせます。素早い筆致によって一連の動作から瞬間を切り取り、その輪郭線によってモチーフを特定の文脈から切り離すことで、イメージは一義的な意味を拒む存在へと変化します。こうした断片化と抽象化によって生じる解釈の余白は、自らの記憶と感覚、そして想像力をもって、再びそこにモチーフを再構築することを観る者に促します。平面上に固定されているはずのモチーフは、観る者の心象風景の中で絶えず変容し、次々と像を立ち上げながらも次の瞬間には崩れていきます。この過程において、「何が」「誰が」描かれているのかという具体的で還元的な問いは無効化され、「AのようにもBのようにも見える」という抽象的で多面的な可能性へと、観る者を開いていきます。
大久保が「イメージの認識と齟齬」と呼ぶこの現象は、本展において、多岐にわたるジャンルの説話を収録した鎌倉時代の説話集「古今著聞集」との交差を見せます。この説話集に集められた断片的な物語の数々は、人から人へと受け渡し、受け取られる中でその意味や内容を変化させてきました。本展のタイトルになっている「蛇」は、この説話集に収録されている「釘付け六十年」に登場する、屋根裏に釘付けにされながらも60年余りも生きた存在を指します。この蛇は、時代を超えて幾度も引用されるなかで、その姿や意味を自在に変化させてきました。
「固定されているにもかかわらず変容し続ける」という、この矛盾を孕んだ存在は、絵画における「描く」という行為の暴力性——すなわち、モチーフを消費対象として固定化してしまうこと——-への内省とも響き合い、大久保が繰り返し探求してきた「揺らぐモチーフ」という考えと重なります。例えば本展で発表する新シリーズでは、同じイメージがサイズ違いのキャンバスパネルに繰り返し描かれ、それが物理的に重ねられることで、「見える」と同時に「見えない」、「固定される」と同時に「変容する」ような、観る者とモチーフの揺らぎ続ける関係性が可視化されます。同様に、ドローイングの線を上から覆い隠す「書き損じ」の行為自体を絵画化する《Mistake》シリーズの新作では、モチーフと観る者の間に否応なく介在する作家の存在を可視化することによって、「何が描かれ、なぜ隠されたのか」「何が”間違い”で、何がそうではないのか」といった、より多視点的で複層的な問いを観る者に投げかけます。
大久保が本展で描き出す現代の「蛇」たちは、「わかりきれなさ」と「齟齬」といった不安定さを多分に抱えながらも、観る者の記憶や感覚との予測不能な絡み合いの中で、ひとつ、またひとつと新たな像を獲得し、そして手放していくのです。
左:Woman with a plate, 2025, acrylic and oil on canvas panel, 1455 × 1120 mm
右:That wound, 2024, oil and acrylic on canvas panel, 1303 × 970 mm
同時開催個展『project N 99 大久保紗也』
会期:2025年7月11日(金)- 10月2日(木)
時間:11:00 – 19:00 (入場は18:30まで)
休館日:月(祝休日の場合は翌火曜日)
会場:東京オペラシティ アートギャラリー(東京都新宿区西新宿 3-20-2 東京オペラシティビル 3F)
詳細:https://www.operacity.jp/ag/exh/upcoming_exhibitions/
horseback riding, 2025, acrylic and oil on canvas panel, 1455 × 1120 mm