WAITINGROOM(東京)では、2026年4月4日(土)から5月3日(日)まで、ドイツ・ハンブルクを拠点に活動する川辺ナホの個展『Flos Filicis:羊歯の花』を開催いたします。綿密なリサーチと多様な素材の組み合わせで知られる川辺はこれまで、映像やコラージュ、インスタレーションなどの手法を用いながら、炭鉱産業の歴史や移民といったテーマを扱ってきました。本展のタイトルである「羊歯」は、いわゆるシダ植物を指しています。石灰紀に生きたシダの植物遺体は化石燃料となって、近代から発達し続ける巨大なインフラを動かすエネルギーとなっています。この事実は、川辺によって詩的かつ演劇的に翻訳され、私たちの想像力へと訴えかけます。本展は、炭と電気資材を組み合わせた新作インスタレーション作品とフォトコラージュ作品2シリーズを中心に、炭を用いた平面作品や複数のドローイング作品で構成されます。国際芸術祭あいち2025への参加や第4回福岡アートアワードの受賞など、国内外で高い評価を集める川辺による新作個展を、ぜひこの機会にご高覧ください。

羊歯とカーネーション – Immigrés, donc travailleurs, 2026, lithograph on c-print, set of 9 (each 400 × 400 mm)
作家・川辺ナホについて
1976年福岡県・福岡市生まれ。現在はドイツと日本を拠点に活動中。1999年に武蔵野美術大学・造形学部・映像学科を卒業後、2006年にUniversity of Fine Arts of Hamburgを修了。川辺は、マテリアルの変換をテーマに、映像や写真、複数のオブジェを組み合わせたインスタレーション、ガラス板と炭の彫刻など、メディアを横断して作品を制作しているアーティストです。制作過程の中で、マテリアルの社会的コンテクストを重視し、丹念なリサーチを行うことが非常に重要なプロセスの一つとなっており、物質としての成り立ちや、歴史上の出来事、現代における問題といった社会的文脈を明らかにした上で、異なった位相の情報がいくつも付随するそのマテリアルを、作品を通して「変換」します。分解したり、繋ぎ合わせたり、別のモチーフを表したりといった「変換」を自らの手で行うことが、川辺の作品制作のベースにあり、それによって今この世の中で巻き起こっている目に見えない状況に形を与えることを、作品制作を通して試み続けています。近年の展覧会として、2026年『第4回 福岡アートアワード受賞作品展』(福岡市美術館、福岡)、2025年『国際芸術祭あいち2025:灰と薔薇のあいまに』(愛知芸術文化センター、愛知陶磁美術館、瀬戸市のまちなか、愛知)、2024年グループ展『ルール炭田の日本人 越境者たち』(ケルン日本文化会館、ドイツ)、グループ展『第21回 アーティスト・イン・レジデンスの成果展 都市の現象学―いったい何が私たちの未来をこれほど不確かで、魅力あるものにしているのか?』(福岡アジア美術館、福岡)、2022年個展『Black and Green』(TOM REICHSTEIN CONTEMPORARY、ハンブルク、ドイツ)、川辺ナホ・宇多村英恵『STRATA 複数の地層』WAITINGROOM (東京)、グループ展『新収蔵品展』(福岡市美術館、福岡)、2019年個展『Blooming Black』Boxes Art Museum(広州、中国)、2018年個展『Save for the Noon / 昼のために』WAITINGROOM(東京)、個展『In Other Words / 言い換えると』konya-gallery(福岡)などが挙げられ、国内外で精力的に活動しています。
太古と未来、記録と記憶が絡み合うとき
今から約3億年前、世界は巨大な羊歯植物(=シダ植物)が繁茂する緑の時代を経験していました。それらの植物遺体は長い年月を経て石炭層へと凝縮し、やがて18~19世紀の産業革命において、この天然資源は世界のインフラと経済、そして生活を構造から再編する巨大なエネルギーへと変換されました。現代においてもなお、太古の羊歯植物は絶えず燃焼され、そうして生成されたエネルギーは世界を巡り続けています。
胞子生殖をおこなう羊歯植物は花を咲かせることはなく、ゆえに「羊歯の花」というタイトルは本質的な逆説を孕んでいます。羊歯植物が花を咲かせる可能性、すなわち化石燃料の終わりなき消費によって理想郷へと到達する(不)可能性について川辺は、「無限のエネルギーによる労働からの解放、技術進歩による幸福なユートピアの出現。そのような豊かさの約束は羊歯の花のようなものだったのではないか。」と語ります。近代の進歩神話の起源となった羊歯植物と、現代のテクノロジー社会の基盤となった炭鉱産業。炭と電気資材を組み合わせた川辺の新作インスタレーションは、自然と技術が複雑に絡み合うこの様相を、空間として浮かび上がらせます。
一方で、川辺が長年関心を寄せてきた「移民」という視点は、炭鉱産業の長い歴史とそれを取り巻くグローバルな政治経済のダイナミズムを、個々の人間のささやかな日常生活と接続します。川辺は、炭鉱産業の移民労働者としてドイツに渡った日本人に関するリサーチを、2022年から継続的に行なってきました。このリサーチをもとに制作された新作のフォトコラージュには、当時の雑誌や新聞、そしてところどころに紛れ込んだ現代のカラー写真とともに、1960年代頃の日本人労働者の生活が物語性を帯びた架空の家族アルバムとして立ち現れます。この作品では石板印刷を用いて、羊歯植物とカーネーションという2つの植物を象徴的に織り交ぜることで、産業的な力学と労働者の生活を有機的につなぎ合わせます。カーネーションは、抵抗や労働運動のモチーフとされてきました。川辺はそれらをキメラ的に組み合わせることで、炭鉱労働という大きな歴史の枠組みの中から個々の生の姿を掬い上げつつ、再びその枠組みへと織り戻していきます。
川辺の制作過程で生み出される循環の中で、個人の経験と歴史は互いに映し合い、絶え間ない対話を繰り広げます。さまざまな素材やモチーフを横断しながら注意深く構築された川辺の作品は、エネルギーやテクノロジー、エコロジーの歴史と未来、そこに刻まれてきた労働と産業の痕跡を同時に立ち上げるのです。

Left: Japaner im Revier, 2024, inkjet print, set of 3 (each 420 × 297 mm)
Right: Arabesque, 2020, charcoal, lacquer spray, glass, 396 × 296 mm
同時開催展覧会:グループ展『第4回 福岡アートアワード受賞作品展』
会期:2026年3月28日(土)- 6月21日(日)
開館時間:9:30-17:30
※入館は閉館の30分前まで。
※3月28日(土)は13:30より開室。
休館日:月曜日
※月曜日が祝日・振替休日の場合はその後の最初の平日
※5月4日(月・祝)、5月5日(火・祝)、5月6日(水・休)は開館し、5月7日(木)は休館
※展示替えに伴う休室・臨時休館日や特別開館日につきましては、お知らせにてご案内いたします。
会場:福岡市美術館 2階 近現代美術室B(福岡市中央区大濠公園1-6)
詳細:https://www.fukuoka-art-museum.jp/collection/?q=modern

樂園を探して ( – Et in Arcadia ego), 2024, charcoal, coal, chamotte, urethane, rubber, plaster, photographs, dimension variable
Photo by Ittoku Kawasaki